ご案内
日本経済の現状分析を進めていくにしても、当面の課題ともいうべき不況対策を展開するにしても、必ず衝突する問題がひとつある。
「バブル」の評価である。
私は、「バブルは自由経済のシンボル」と考えており、「バブル」があるからこそ自由経済体制が定着しているのであって、逆に自由経済体制の下にあっては景気変動にともなって、程度の差はあっても「バブル」の発生は避けられない。
逆にいうなら、「バブルを悪」として徹底して「つぶす」なら、その行き着く果ては自由経済体制の完全な否定であり、計画経済体制をよしとする考え方につながると主張してきた。
自由経済体制を前提にするかぎり、「バブル性悪」説は全くの誤りであるとも主張してきた。
だが、こういう主張は日本の現状では少数派に属している。
経済学界の人びと、とくに左翼思想から十分に離脱していない人びとが、「バブル」否定論を主張するのは、それなりの合理性、あるいは根拠のあるものとして受け入れられても、経済界に属する人びと、とくに大企業の経営者のなかにさえ、「バブル性悪」論に同調する意見の持ち主が存在するのは、全く理解に苦しむ話である。
官僚の大部分が「バブル性悪」論に与するのは、官僚の権限を一段と強化する発想から見て、当然かも知れない。
だが、経済界の指導的立場にある経営者が、「バブル性悪」論に同調するのは、明らかに国際常識の基調に反する言動であり、国際社会のなかで自らを孤立させる方向に日本を誘導していく恐れを強く感じさせる。
こうした姿勢にこだわれば、率直にいって景気回復を促進するための不況対策を推進するのに、大きく影響を与えるのは当然である。
たとえば景気回復が予想よりも大きく遅れていると判断されたとき、政府が景気回復の障害となっている問題に、思い切った積極的な姿勢で取り組むよう経済界から強く要請されよう。
そのときにどういう姿勢で政策を検討するかによって、導入される対策の内容が大きく変化するのは当然で、一刻も早く危機を脱出するために可能なかぎりの手段を尽くすか、それとも逆に「バブル」復活につながる恐れのあるような政策は、極力避けるべきだと考えるかによって、政府のとる不況対策の内容に格段の違いが発生するのは当然である平成四年の年末から五年の年初にかけて、不況脱出が予想よりもはるかに遅れそうな情勢に直面して、何人もの経済界の「論客」と評価されている人びとが、当時の政権を握る。
その結果、日本の景気回復はきわめて遅れてしまい、他の先進工業国と比較しても経済の基礎的条件ラァンダメンタルズ)がはるかに良好であるのに、米国などに比べて大きく景気回復のテンポが鈍い情勢となって、七月の東京サミットでも他の参加各国首脳からの厳しい対日批判を招く背景となった。
その後も景気回復は一向に進まず、日銀が平成五年二月までに六回公定歩合を引き下げ、ついに史上最低の二・五パーセントにしたが、実質的な金融緩和が一向に進展しない。
その大きい理由のひとつは、銀行など金融機関に対する大蔵省当局の行政指導にある。
不況の長期化と深刻化にともなって、企業の収益は大幅に減少し、つれて法人税の納付も大きく減少している。
ていた宮沢喜一首相に思い切った金融緩和政策の導入を陳情したといわれる。
そのとき、宮沢首相は、「そんな政策を導入すれば、たちまち夷ブル』が復活しますが、それでもよいとおっしゃるのですか」と反論し、経済界の「論客」たちは反駁できずに引き取った。
そのなかで大蔵省当局はいわゆる健全財政主義、つまり税収の範囲内に財政支出を抑え込み、赤字国債に財源を依存しないですむ均衡のとれた財政を維持しようとして、金融機関に対して厳しく不良債権の償却を抑制する姿勢をとっている。
ここに「バブル」の評価をめぐっての路線の対立が一挙に表面化してくる。
もし「バブル性善」説を支持する立場をとるなら、財政資金を投入してでも金融機関の経営危機を一刻も早く救済するとともに、法人税の一時的な減収など意に介することなく、金融機関の経営者が自己の責任において実施する不良債権の償却を全額承認し、それによって発生する金融機関の法人税納付が減少しても、それに耐える姿勢をとって、健全財政主義の一時的な棚上げに同意しなければならない。
その逆に「バブル性悪」説、また同時に健全財政主義に固執するなら、金融機関の不良債権償却額を規制して、法人税を前年と同水準に維持し得る範囲でしか実施させない路線をとることになる。
その結果、どの金融機関も大量に発生した不良債権を迅速に償却できなくなり、収益の範囲内でしか償却できないために、資産内容は急速に悪化し、つれて直接間接に資金調達力が衰えてしまい、積極的な経営戦略などとりょうがなくなり、一般の顧客への新規貸出しを大幅に抑制する一方、「バブル」の崩壊にともない不動産の価格が下落したために、これまでの貸出しで発生した担保不足を補うために担保の増徴を強行する営業姿勢をとらざるを得ない。
これでは企業側が新規の投資に踏み切れない。
こうした一連の動きは、いずれも固く結びついている。
その原点ともいうべき問題点が、もう一度繰り返すが、「バブル」の評価なのである。
世界の多くの国において、日本と同様に「バブル」が崩壊した。
米国では中小金融機関であるS&L(貯蓄貸付け組合)が大量に経営の破綻をきたした。
欧州でも北欧諸国はいずれも例外なく、大手商業銀行の経営破綻が相次ぎ、その救済のためにどの国も巨額の財政資金の投入を余儀なくされた。
米国では今でもその傷跡を埋めるために、五千億ドルもの財政資金の投入を予定せざるを得ない。
こういう形で、金融業界再建に全力をあげて取り組んでいる米国政府の目から見れば、日本政府が「バブル」復活への懸念を理由にして、金融機関の再建に必要な資金を財政資金で賄うことを一貫して強く拒否し続けている姿勢を全く理解できないと考えるのも、きわめて自然なものである。
米国政府にかぎらず、深刻な金融パニックに襲われ、その救済のために巨額の財政資金を投入し続けなければならない北欧諸国の政府も、同様の印象を持つのは当然である。
まして日本政府、とくに大蔵省当局が金融機関の抱える巨額の不良債権を一挙に償却すれば、たちまち金融機関が巨額の欠損を計上することになって、その結果法人税を納めるどころか、青色申告制度をとっている関係から、過去の年度に納入した法人税の払い戻しを実行しなければならないために、巨額の法人税還付となって税収が大幅に減少する事態につながることを恐れ、法人税の納付に影響しない範囲でのみ、不良債権の償却を承認する行政指導を繰り返している事態を承知すれば、日本の金融機関に対する信頼を一挙に喪失するに違いない。
それも大蔵省当局者が一貫して財政の均衡を重視するあまり、税収の減少を極力避けようとする姿勢にこだわっているためである。
とすれば、大蔵省当局者、すなわち官僚たちの発想は、税そのものを経済活動の結果の反映と考えるのでなく、まず財政の均衡維持を最優先の課題として、その目的のために必要な原資としての税収を考えるという自由経済体制の下にあっては絶対に許されない、倒立したものであることを端的に示している。
クリック365がさらにリアルになりました。可能性を十分感じるクリック365です。
あえてクリック365に関するアドバイスです。怖いもの知らずのクリック365です。
クリック365の最安価格が変動しています。クリック365で販売促進をお手伝いします。
くりっく365ってなかなかですよ。くりっく365のヒントをお教え致します。
くりっく365は評判いいんです!トップクラスのくりっく365です。
くりっく365の専門家の指南をうけてみましょう。くりっく365の意識を持つことが重要です。
